函館旅行2日目は五稜郭へ。函館国際ホテルの朝食バイキングで海鮮丼をお腹いっぱい食べて出発。
城について
・別名:亀田御役所土塁
・様式:稜堡式
・築城者:江戸幕府
・築城年:1866年
・日本100名城・続100名城 No.2
江戸時代末期の函館港開港の際の函館奉行所の移転先として築城された。
しかし、1866年の大政奉還により函館奉行所としての役目は終了。明治政府による函館府が使用した後、戊辰戦争の際に榎本武揚・土方歳三らが率いる旧幕府軍により占領され旧幕府軍の本拠地として戊辰戦争終結まで使用されました。
戊辰戦争が終わり、明治に入ると練兵場などが置かれ1914年には五稜郭公園として一般開放、現在では国の特別史跡・日本100名城などに指定されている。
アクセス
ホテルから五稜郭に行くには、函館駅からバスが便利です。
函館駅前バス停から北側の入り口から入る場合は五稜郭公園で下車、五稜郭タワーがある南側の入り口から入る場合は警察署前が便利です。
今回は警察署前で降りるルートで五稜郭へ向かいました。


5分ほど歩くと五稜郭の入り口へ到着します。
バス停を降りたら函館駅方面へ歩きすぐの交差点を左折、直進していけば元祖函館ラーメンのあじさいと五稜郭タワーが見えてきます。二つの間を抜けて直進していくと入口です。
半月堡

計画当初は周囲五か所に半月堡が築かれる予定だったが、予算の都合上南側一か所だけに築かれました。
石垣

計画当初は、すべての土塁に石垣を築く総石垣造「西洋法石垣御全備」だったが、これまた予算不足、そして想定よりも石の切り出しに時間がかかるということで、石垣は半月堡及び城内の入り口周辺に築かれるのみになった。
最上部には「刎ね出し(武者返し)」と呼ばれる石垣の上に敵が登れないようにする機能が備え付けられています。
城内
表門

五稜郭の正面入り口にあたる門。
現在は、こちらの門を通った少し先に藤棚が設置されており、5月~6月ごろに見ごろを迎えます。
函館奉行所
役人が仕事をするスペースと奉行のプライベート空間である「奥向」に分かれており、その広さは約3,000㎡と推定されています。現在は三分の一ほどの建物を復元し、残りの三分の二は地面に建物内の区画割を表示しています。
秣置き場跡(まぐさおきば)・御備厩跡

秣置き場跡:馬を飼育するための飼料を保管していた建物。水はけをよくするために壁際に玉砂利が敷かれていたことが分かっています。
御備厩跡:馬を飼育していた建物。発掘調査から、最大7頭の馬を飼育していたことが分かっています。
板蔵

奉行所の裁きに関する資料や備品などが保管されていたと考えられています。
近中長屋跡・徒中番大部屋跡・給人長屋跡・湯遣所跡


近中長屋敷跡:函館奉行に仕える近中(近習)が住んでいた屋敷。4住戸が連なって1つの長屋になっていました。
徒中番大部屋跡:徒士や中番が住んでいた建物。東側から徒士・中番・大部屋に分かれていて北側に厠が張り出していました。
給人長屋跡:函館奉行に仕える給人が住んでいた建物。3住戸が連なって1つの長屋になっていました。
湯遣所跡:近中長屋敷の東側と徒中番大部屋跡の南側で発見された建物。記録によると土間や流し場があったとされ、近くには上水道も引かれていたようです。
大砲を運んだ坂

函館戦争の際に大砲を運んだ坂で、付近にはその時にできた轍も残っています。
昼食:函館塩ラーメンの元祖「あじさい」
お昼ごはんは五稜郭すぐそばの函館塩ラーメンの元祖・あじさいへ訪問しました。
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